南三陸金華山国定公園日本三所の一
奥の細道霊場・第八番札所 三陸三十三観音霊場第九番
〒986−0401
宮城県登米市津山町柳津字大柳津63 【画像】 地図はこちらをどうぞ
宗教法人 宝性院
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【タイトル画像】 3.なで牛

古来より素焼で造った臥した牛の像のことで、商家などに祀り撫でれば
家内安全・商売繁盛・如意吉祥の古事があるといわれ、
永年信仰の対象として崇拝されてきました。
近年、古事は勿論のこと、自分の患部と同じところを撫でると
病気平癒するといわれております。
神牛に念願を懸け一心に撫でお祈りください。
「心願を懸けて祈らば 願い事 何一つだに叶はざるし」
【画像】 なで牛から、なでなでしてね。
【写真画像】 なで牛
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【タイトル画像】 4.寅

 寅は十二支の三番目にあてられ尊ばれております。
子を愛し手元から放さないということから、
大事なお金を「虎の子」といいます。
寅の口にお賽銭を入れると金運に効くといい、
参拝者の方々が信仰されています。
【画像】 寅から、おまいりにきてねー。
【写真画像】 寅
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【タイトル画像】 5.鵲橋(かささぎばし)

「鵲の渡れる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞ更けにけり」

今から千年程の昔から、中納言家持の作として
百人一首
に詠まれ永く世人に親しまれております。
この歌は、虚空蔵尊に至るこの橋の上で詠まれたと
いい伝えられております。

〜〜家持と乙女の物語〜〜

【写真画像】 鵲橋(かささぎばし)
桃生郡茶臼山にいた家持が虚空蔵尊に詣でたのは宝亀3年春、3月桜の頃でした。
祈願の路でしたので、従う者も少なく大士山の花をめで、歌を詠むなどして、一日の行楽を欲しいままにしておりました。
帰り道、せんせんと流れる渓谷に洗う乙女の姿を見て、家持は驚歎しました。
その清楚端麗な容姿は深山に咲く白百合の如く、又、呉越の美妃西施もかくやと思われる程の美しさでした。
かくして桜散る春の夕菜の花匂う夏の朝、詩人、家持のしのんで通う姿は茶臼山より大柳津に幾度となく重ねられました。
そして秋、一夜更けるも知らず語りあかして帰途についた家持は、
しらじらと霜おく橋にたちその郷愁を歌ったのがこの唄であるといわれております。

現在の鵲橋は日清日露戦争の勝利記念に架けられたものです。
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【タイトル】 6.大伴家持の墓 伝説

住古より大柳津に家持の墓があったと伝えられています。
桓武天皇の時代、延暦4年、都に謀反がありました。
事成らずして一味は捕られましたが、主謀者の一人が調べに対し、 その総指導者は、中納言家持であると言上しました。
この時、家持は既に死んでいたので、その息子が島流しとなりましたが、
やがて無罪であることがわかり、うたがいははれました。
この話には諸説あり、
実は、この時、家持は生きており大柳津に逃れていたという説や
家持は死んでいたが、家臣が、亡骸をひそかに大柳津に運び葬ったという説があります。
これが事実かどうか、今後の好材料といえそうです。
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